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未練 06

Penulis: あさの紅茶
last update Terakhir Diperbarui: 2025-03-27 05:01:40

離ればなれになり静がピアニストとして成功を収めていくにつれて、自分とは生きている世界線が違うのだと悟ったあの日、春花は静に対する【好き】という気持ちを【憧れ】へとシフトさせていった。

そうやって気持ちをすり替えることで自分自身を納得させて過ごしてきた。

だからこそ他に恋人を作ることができたし、高校生の時の思い出は綺麗なまま春花の心の中に大切に保管されている。

静と再会できたことは奇跡のように感じるし居候させてもらっていることもまるで夢のようなのだ。

ここできちんとけじめをつけないといけないのだろうと、春花は気持ちを強く持った。

だがそんな春花の気持ちを静は一瞬で打ち破る。

「俺が春花を守るって言っただろ?」

その強くて優しい言葉は春花の心に突き刺さった。意図も簡単に。

「……桐谷くん優しすぎるよ」

「大事な春花のためだから」

春花は自分自身が弱っていることを自覚していた。だから静の優しさは心地よくてつい甘えたくなる。高校生の時のようにずっと隣にいたいとさえ思えるのだ。

そんなおこがましい考えを振り払うかのように、春花は別の話題を切り出した。

「あ、店長が、来るなら一曲弾いてほしいって」

「そう? なにがいいかな?」

「トロイメライがいい。桐谷くんのトロイメライ、聴きたいな」

「春花、来て」

「え?」

言われて静に着いていった先はピアノルームだ。静は椅子を引いて春花を座らせる。

「覚えてるだろ? トロイメライ」

「……うん」

高校生の時に連弾したトロイメライは、春花にとって死ぬほど練習して今でも思い出して時々弾くくらい覚えている曲だ。

静は春花の隣に座った。

触れそうで触れない距離は春花の心臓をドキリとさせる。

静が鍵盤に手を置いたのを見て、慌てて春花も手を置いた。

「いくぞ」

すうっという静の呼吸音を合図に、ポロンと指を動かした。

春花の指、静の指から繰り出される鍵盤の響きはたくさんの音と混ざりあって深みを増していく。二人で奏でる広い音域はまるでそこに別の空間が存在するかのような魅力的な世界を生み出し、たちまち没頭させていった。

久しぶりに沸き上がる高揚感。

思い出される青春に胸がいっぱいになる。

「春花……」

「桐谷くん……」

「あの時の続きを言わせて」

「あの時?」

「そう、最後にトロイメライを演奏した時の続き……」

春花は目をぱちくりさせて首を傾げた。
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